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東京地方裁判所 昭和55年(モ)11369号 判決 1981年4月17日

債権者 塩谷政一

債権者 五十嵐操子

債権者ら訴訟代理人弁護士 桂実

債務者 株式会社 東阪

右代表者代表取締役 石毛邦彦

債務者 飯田博

債務者ら訴訟代理人弁護士 高橋直治

主文

当裁判所が、債権者らと債務者ら間の昭和五五年(ヨ)第五三八五号不動産仮処分申請事件について、同年七月一〇日になした仮処分決定を認可する。

訴訟費用は債務者らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  申請の趣旨

主文と同旨

二  申請の趣旨に対する答弁

1  主文第一項掲記の仮処分決定を取り消す。

2  債権者らの本件仮処分申請を却下する。

3  訴訟費用は債権者らの負担とする。

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  訴外西巻善三郎(以下「西巻」という。)は、訴外丸善航空サービス株式会社(以下「訴外会社」という。)の代表取締役をしていたが、昭和五三年六月ころ、かねてより交際のあった債権者塩谷政一に対し、何ら実行する意思もないのに「現在の円高を利用し、米国で購入した航空券を日本国内で売りさばけば円高差益分が儲る。利益の四割を配当するから出資してくれないか。」ともちかけてその旨誤信させ、同年八月ころから昭和五四年一二月ころまでの間、前後六八回にわたり、その都度渡航予定者明細表を示しては航空券購入費用として、それまでの出資金額及び配当金額に不足する金員を新らたに出資させる方法により、債権者塩谷政一及び同債権者の誘いに応じて出資するようになった債権者五十嵐操子ほか八名から、出資金及び配当金合計九六四二万五〇〇〇円を出捐させてこれを騙取し、その結果、債権者塩谷政一については出資金及び配当金合計九四三万八〇〇〇円、債権者五十嵐操子については出資金及び配当金合計四三五三万円の損害を与えた。

よって、債権者らは、西巻に対し、それぞれ右出資金及び配当金相当額の損害賠償請求債権を有している。

2  西巻は別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)について三分の一の持分権を有していたところ、債務者株式会社東阪(以下「債務者会社」という。)は、昭和五五年五月二〇日東京法務局世田谷出張所受付第二〇七四一号をもって、同年四月二〇日譲渡担保を登記原因とする共有者全員持分権移転登記(以下「本件移転登記」という。)を経由し、また債務者飯田博は同年五月二〇日同出張所受付第二〇七四〇号をもって別紙登記目録記載の停止条件付賃借権設定仮登記(以下「本件仮登記」という。)を行っている。

3  しかしながら、西巻と債務者会社間の右譲渡担保契約(以下「本件譲渡担保契約」という。)は、次に述べるとおり、債権者らの西巻に対する前記債権を害するもので、かつ西巻は害意をもって右契約を行ったのであるから、債権者らは、債務者会社に対し、民法四二四条一項に基づき、西巻が本件建物について有していた持分権に関する限度において右契約の取消権及び本件移転登記の抹消登記請求権を有する。

(一) 本件譲渡担保契約は、訴外会社の経営が既に行き詰っていた時期において、訴外会社が債務者会社に対して負担した借入金債務を担保するために、西巻が有していた唯一の財産であった本件建物を譲渡担保に提供したものである上、その敷地部分の借地権価格は坪一〇〇万円とみても八三〇〇万円を下らないものであるのに、債務者会社は清算義務も負担せず、かつ右価格では著しく均衡を欠く訴外会社に対する貸付金債権により本件建物の所有権を取得したのであるから、仮りに訴外会社の債務者会社から借入目的がその営業資金の融資を受けることにあったとしても、本件譲渡担保契約が合理的かつ適切なものであったということはできない。また、訴外会社は右契約後間もない同年六月二八日及び同月三〇日に相次いで不渡りを出して倒産し、西巻は本件移転登記が行われた直後に本件建物を債務者会社の従業員に明け渡して所在不明となっていることからみても、本件譲渡担保契約が債権者らの前記債権を害することは明らかである。

(二) 西巻は、訴外会社の運営資金に窮し、昭和五三年八月ころから、前記のとおり、債権者ら外八名から出資金名目で多額の金銭を騙取し、その追求を受け始めた時期において、その唯一の資産であった本件建物の持分権を訴外会社の債務者会社からの借入金債務の担保に供した上、家財道具もそのままにして所在をくらまし、ひいては訴外会社も倒産させるに至ったものであるから、本件譲渡担保契約が債権者らの前記債権を害することを知りながら敢えて右契約を行ったことは明白である。

4  また、本件仮登記は、債務者会社が西巻から交付を受けていた登記に必要な書類を勝手に使用して行った無効なものであるから、債権者らは西巻に対する前記債権を保全するために、西巻に代位して、債務者飯田博に対し、右仮登記の抹消登記請求権を行使する権利を有する。

5  以上の経緯からすると、債務者らは本件建物に関する各権利を他に譲渡するなどの行為に出るおそれが強く、そうなると、債権者らが後日本案訴訟において勝訴判決を得てもその目的を達するのは不可能又は著しく困難となるので、その執行を保全しておく必要がある。

6  よって、債権者らは債務者らに対し当裁判所に不動産仮処分を申請し(当裁判所昭和五五年(ヨ)第五三八五号事件)、同年七月一〇日仮処分決定を得た。

以上のとおり、本件仮処分決定は正当であるから認可されるべきである。

二  申請の理由に対する認否

1  申請の理由1の事実は不知。

2  申請の理由2の事実は認める。

3  申請の理由3及び4の事実は否認する。

本件譲渡担保契約は、債務者会社が訴外会社に対しその営業資金又は債務弁済資金として昭和五四年一二月一九日に貸し渡した金五〇〇万円、昭和五五年一月二二日に貸し渡した五〇〇万円、同年五月一日に貸し渡した金一五〇万円及び同月末から同年六月二〇日までの間に貸し渡した金一三五〇万円合計二五〇〇万円につき、西巻及びその共有者であった同人の妻訴外西巻紀代子(以下「紀代子」という。)から本件建物の担保提供を受けたものであって、何ら詐害行為には当たらない。

4  申請の理由5の主張は争う。

三  債務者会社の主張

債務者会社は、本件譲渡担保契約締結当時、債権者らの西巻に対する損害賠償請求権の存在すら知らなかったのであるから、右債権を害する意思はなかった。

四  債務者会社の主張に対する認否

否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  《証拠省略》によると次の事実が認められる。

1  債権者塩谷政一は、昭和五三年六月ころ、かねてより交際のあった訴外会社の代表取締役西巻から「現在の円高を利用し、米国で購入した航空券を日本国内で売りさばけば円高差益分が儲る。利益の四割を配当するから出資してくれないか。」との話をもちかけられ、検討してみることにしたが、同月下旬ころ、再度西巻から五名程度の海外渡航予定者の注文があるので金を都合してくれるように頼まれたため、知人二名とともに合計二〇〇万円を西巻に渡したところ、その後二〇日位して、西巻は右出資金の返還分及び配当金として合計二一五万円を持参した。

2  その結果、同債権者らは同年八月初旬ころから西巻が持参してくる渡航予定者明細表の予定人数に応じて必要な金員を西巻に交付するようになったが、以後、西巻はそれまでの出資金に対する配当金額を同債権者らに示すのみで、その都度前回よりも渡航予定人数の多い明細表を持参してはその航空券購入資金に従来の出資金の返還分及び右配当金を充当するようにし、その不足分につき新らたな出資を求め、同債権者らもこれに応じてきた。そのため出資者数も債権者塩谷政一、同五十嵐操子ほか八名合計一〇名に増え、また同債権者らが西巻に交付した金額も昭和五四年一二月初旬までに総額六二五二万一七五五円にものぼり、西巻が示した配当金額も総額三三九〇万三二四五円となっていた。

なお、債権者塩谷政一の出資金額は合計六一一万九五七九円、配当金額は合計三三一万八四二一円であり、債権者五十嵐操子の出資金額は合計二八二二万四七五五円、配当金額は合計一五三〇万五二四五円である。

3  ところで、右出資者らも同年一一月ころには資金が続かなくなり、また円の為替相場も安くなってきたため、西巻に対する出資を中止しそれまでの出資金及び配当金を回収することにして西巻にその承諾を求めたところ、西巻は航空券の購入先と称していた訴外ナウス・インターナショナル・トラベル・サービス・インク社に対し既に購入済みの航空券の取消手続を行ったので昭和五五年五月一五日ころから順次代金の支払がある旨、同社作成名義の書類を債権者塩谷政一らに示したので、同債権者らもその送金を待つことにした。ところが、右期日を過ぎても一向に支払いがないため不審を持った同債権者らは代理人を介して直接右ナウス・インターナショナル・トラベル・サービス・インク社に問い合わせたところ、同年六月二二日、同社より訴外会社との取引は一切ない旨の回答がありその結果、西巻の同債権者らに対する詐欺行為が発覚するに至った。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、債権者らは、右西巻の詐欺行為により債権者らが受けた損害は前記出資金及び配当金相当額である旨主張するけれども、右配当金は、西巻が債権者らから出資金名目で金員を騙取するための手段として債権者らに対し用いたものにすぎず、西巻が債権者らから金員の交付を受ける都度その金額を示していたとしてもそれは何ら実体を伴うものではないから、西巻の右不法行為により債権者らが受けた現実的な損害と解することはできない。

そうすると、債権者らは西巻に対し前記出資金相当額の損害賠償請求権を有するものということができる。

二  次に、申請の理由2の事実は当事者間に争いがなく、また本件譲渡担保契約の成立経過をみるに、《証拠省略》によると次の事実が認められる。

1  債務者会社は、昭和五四年一二月一九日、西巻が経営している訴外会社に対し、利息を月六分、支払期限を一月後と定め金五〇〇万円を貸し付けたが、西巻は右貸付金元本の返済をしないまま昭和五五年一月中旬ころ再度融資方を依頼してきたので、西巻及びその妻紀代子の共有名義となっている本件建物を担保に入れることを条件に同月二二日更に金五〇〇万円を訴外会社に貸し渡した。その際、西巻は右貸付金五〇〇万円のうち二〇〇万円でもって訴外三和実業株式会社からの借入金を弁済するので同社のために本件建物に設定している抵当権設定仮登記及び停止条件付賃借権設定仮登記の各抹消登記手続をも行ってくれるように依頼し、同月末ころ、債務者会社のもとへ本件建物の権利証、西巻及び紀代子の委任状・印鑑証明書並びに右各抹消登記に必要な書類を持参してきた。しかし、西巻は、債務者会社からの借入金については商工中金から受ける融資によって弁済するので本件建物についての登記手続を一か月位待ってくれるように求めたため、債務者会社もこれを了承し、西巻が持参した関係書類を訴外山田勝治弁護士のもとに預けておいた。

2  ところが、西巻は、その後、利息を支払ったのみで貸付金元本の返済をしないばかりか、今後一五〇〇万円ほどあれば訴外会社の運営ができるとして再度の融資を依頼してきたため、債務者会社は同年五月一日訴外会社に対し金一五〇万円を貸し付けるとともに、それまでの貸付金合計一一五〇万円及び以後融資する予定の一三五〇万円総計二五〇〇万円を被担保債権とし、その弁済期限を当初貸付けた一〇〇〇万円については同年六月三〇日まで、残りの一五〇〇万円については同年七月一〇日から同年秋口までと定めた上、本件建物を譲渡担保として提供を受けることとし、紀代子の同意も得た上で前記山田弁護士に依頼して同月二〇日本件移転登記を行ったが、その際、右山田弁護士の指図に基づき、西巻及び紀代子から預っていた委任状等を利用して権利者を債務者飯田博とする本件仮登記をも併わせ経由した。

3  その後、債務者会社は西巻との約定に従い、訴外会社に対し、同月末ころより同年六月二〇日ころまでの間、数回にわたり、訴外会社の運営資金及び手形決済資金として合計一三五〇万円を貸し渡したが、訴外会社は結局同月二五日ころ不渡りを出して倒産し、西巻及び紀代子もその直後本件建物を債務者会社に対して明け渡した。その後本件建物は債務者会社の信川俊明、石毛邦彦及び森田明夫こと全次郎が交替で占有使用するようになった。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

三  そこで、本件譲渡担保契約が詐害行為となるか否かの点について検討する。

確かに、前記認定のとおり、本件譲渡担保契約は債務者会社が訴外会社に対し融資した営業資金等の貸付金を担保するために締結されたものではあるけれども、《証拠省略》によると、右契約は訴外会社の経営が行き詰っていた時期において訴外会社の代表取締役であった西巻及び紀代子の共有にかかる唯一の所有財産を訴外会社の債務の担保としたものであり、また、右債務は利息制限法による制限を考慮しないとしても総額二五〇〇万円にすぎないのに比し、本件建物及びその敷地部分の借地権価格は八〇〇〇万円を下らないものであって、訴外世田谷信用金庫が本件建物に設定している根抵当権の残被担保債権額三二〇〇万円を控除しても、その間の均衡を失するものであること、のみならず債務者会社は西巻及び紀代子に対し本件建物及び右借地権価格と前記貸付金額との差額について何ら清算義務を負担していないこと、更に本件建物の権利証は債務者塩谷政一が西巻に対し前記金員を交付するに当ってその担保として預っていたが、昭和五四年九月ころ西巻より訴外会社の運営資金を銀行から借り入れるのに必要であるから一時返還して欲しい旨要請されたのに応じて交付していたものであるところ、同債権者の知らない間に、債務者会社のために本件移転登記がなされたものであることが認められ、これらの事実に前記認定事実を合わせ考慮すると、本件譲渡担保契約が債権者らの西巻に対する前記債権を害するものであること及び右契約締結当時西巻が右事実を知悉し、詐害の意思を有していたことは明らかである。

ところで、債務者会社は、本件譲渡担保契約を締結した当時、債権者らが西巻に対し前記債権を有していたことは知らなかったのであるから善意であった旨主張するが、詐害行為の受益者において、当該行為が債務者の共同担保を減少させその結果一般債権者を害することを知っていた場合には詐害の意思を有していたものということができ、更に進んで特定の債権者を害することをも知っている必要はないものと解すべきである。これを本件についてみるに、《証拠省略》によると、債務者会社は昭和五五年一月二二日に訴外会社に対し五〇〇万円を貸付けるに当って本件建物を担保として提供するように要求しており、また、西巻は商工中金からの借入により債務者会社への返済を考えてはいたが、結局右借入を行うことができず、再度債務者会社に対し融資方を依頼してきたこと、そのため、債務者会社としては本件譲渡担保契約を締結してその旨の登記を行ったこと、その際、西巻及び紀代子から預っていた委任状等を利用して、後記認定のとおり何ら実態を伴わない本件仮登記をも併わせ経由していること、更には、訴外会社が倒産し、債務者会社の従業員が直ちに本件建物に入居してその占有使用を開始した当初、その玄関鉄扉を針金で緊縛して本件建物を訪れてくる訴外会社及び西巻の債権者との面会を拒否してきたことが認められ、これらの事実及び前記認定事実を総合すると、債務者会社は本件譲渡担保契約の締結当時既に訴外会社の経営が行き詰っていたこと、従って訴外会社の代表取締役であった西巻も債務超過の状態にあったことは十分知っていたと推認することができ、またこれに合わせ、《証拠省略》によると西巻は常々本件建物及びその敷地部分の借地権価格は一億円ぐらいである旨公言していたことが認められるのであるから、結局、西巻が本件建物を債務者会社に担保として提供した場合、それが西巻の一般債権者の共同担保に不足を生じる結果となることは知悉していたものと推認できる。従って、債務者会社の右主張は採用できない。

そうすると、債権者らは、債務者会社に対し、西巻に対する前記債権を保全するために、本件建物に関し西巻が有していた持分権三分の一の限度において、本件譲渡担保契約の取消権とともに、本件移転登記の抹消登記請求権を有する。

四  次に債権者らの債務者飯田博に対する請求について検討する。

《証拠省略》によると、債務者飯田博は、商業登記簿上、債務者会社の監査役となってはいるが、実際は債務者会社の実質的経営者である訴外森田明夫こと全次郎の友人にすぎず、債務者会社と直接の関係はないことが認められる上、前記認定のとおり、債務者飯田博を権利者とする本件仮登記は債務者会社が本件建物についての登記手続を依頼した山田弁護士の指図に基づき、西巻及び紀代子から預っていた委任状等を利用して行われたものであり、また、債務者飯田博は西巻が本件建物から退去した後も自らその占有使用をなしたことがないことからすると、西巻及び紀代子と債務者飯田博との間において本件建物に関する賃貸借契約が結ばれたことはないことが推認され、従って本件仮登記は無効のものと解される。

ところで、西巻及び紀代子は本件譲渡担保契約により既に本件建物の所有権を債務者会社に譲渡しているけれども、債務者飯田博はいわば本件建物の転得者に準ずべき地位にある上、前記経過からすると、本件譲渡担保契約が債権者らの西巻に対する前記債権を害することを知っていたものというべきであるから、結局、債権者らは債務者飯田博に対して本件譲渡担保契約及び本件移転登記の無効を主張できると解すべきである。そうすると、債権者らは、右無効を前提とした上で、西巻に対する前記債権に基づき西巻に代位して、西巻が債務者飯田博に対して有する持分権に基づく保存行為としての本件仮登記の抹消登記請求権を行使することができるものというべきである。

五  そこで保全の必要についてみるに、《証拠省略》によると、債務者会社は西巻に対する前記貸付金の弁済を受けることができなくなった結果、事実上解散するに至っていること、現在本件建物は訴外大菱不動産に賃貸されていることが認められることに合わせ、債務者会社は前記のとおり訴外会社及び西巻に対する一般債権者の本件建物についての調査等を妨害する行為に出たことを考慮すると、債権者らにおいて債務者会社及び債務者飯田博に対する前記請求権の執行を保全しておく必要が認められることは明らかである。

なお、申請の理由6の事実は当裁判所に顕著である。

六  そうすると、本件仮処分決定は理由があるので認可することとし、訴訟費用につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川口宰護)

<以下省略>

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